ハンドボール投げ

ムカシムカシのおはなしよ。

tom先生がまだ20代後半で、全日制の共学校に転勤して間もないころのお話。

この日は朝から好天で、予定通りに体育の体力テスト(スポーツテスト)が行われました。今日の日程は、1,2時間目が1年生、3,4時間目が2年生、5,6時間目が3年生の割り当てで、体育の先生以外の先生も協力して行います。tom先生は3年生の副担任、午後のグラウンドに出ていきます。

生徒の面倒を見る割り当ては男子の「ハンドボール投げ」。生徒諸君が次々にボールを投げて、記録をつけて交代していきます。そうして全クラスが終わったころ、暇を持て余している3年生がボールを投げたりけとばしたりして遊んでいました。tom先生、その3年生に声を掛けます。「よーし、先生も投げてみようかな♪」それを聞いた何人かが反応しました。「いいよ先生、投げてみなよ、オレたち拾ってやるから」ハンドボール投げは、安全にそして正確に行われるように、何人かの球拾いが必要になります。「お、なんだなんだ」とまた数人の男子が寄ってきて、10人くらいになりました。そして球拾いに散らばっていきます。「いいよーせんせー!」生徒諸君は、だいたい20メートルの表示のあたりに散らばっています。ふだん、教室で古典の文法の授業をしている若造に何ができると言わんばかりの感じです。確かにtom先生、体だってそんなに大きいほうではありません。ちなみにハンドボール投げは、男子で40メートルまでのラインが引かれます。そこまでボールが届けば満点ですから。

そこでtom先生言いました。「みんなー、もうちょっと下がってくれよ、危ないから」すると生徒諸君は、お互いの顔を見あわせて笑っています。「いいよーせんせー!」「見栄はんなよー!」「ダイジョブダイジョブー!」誰一人としてそこを動きません。「いや、危ないからー!」しぶしぶ動き出す生徒は、でも2、3人。しかも5メートルくらい下がって止まります。「もっともっと!たのむよー!」「いいから早く投げなよー!」こんなやりとりを2、3回した後、tom先生は「しょうがないなー」とつぶやき、周りに他の生徒がいないのを確認したあと、やおらボールをわしづかみします。そして、ブルンブルンと2、3回その腕を振り回した後、「いくよー!」と一声。そして振りかぶって投げたボールは・・・

「シューッ!」という音を残して、ボールは大きな弧を描き、生徒たちの頭上をはるかに超え、そして40メートルのライン上にポトリ。そこにいた男子生徒のほとんどが口を開けたまま、何が起こったのかわからないといった表情。そして次の瞬間、「オーッ!」「すげー!」「なんだなんだ?!」と様々な声が聞こえてきました。

「もう一球投げるよー!」そこにいたみなが急いで後方に移動します。「シューッ!」という音とともに、2球目は40メートルラインのわずか手前に着地しました。「すげー!」「tom先生、何者?」「しんじらんねー!」と口々に言う生徒に向かって、tom先生は「ありがとねー!」と一声言って、片付けを始めました。

駆け寄ってきた生徒がtom先生に話しかけます。「先生、何者?」「なんであんなに投げられんの?」「すげーすげー!」すると先生、ニコニコしながら「むかしね、ハンドボールをちょっとやってたんだよ」

tom先生、この学校ではバスケット部の顧問をしていましてが、高校時代はハンドボール部に所属していました。その時は、45メートルぐらい投げていたそうで、その中肉中背の体格からは想像もできないほどのスポーツマンだったそうで。翌日からの古典の授業、男子生徒のtom先生を見る目つきが変わったかどうか、定かではありませんが・・・

人は見かけによらぬもの、というお話。